ワーホリがしたい、あなたへ。

こんにちは。メルボルンからワーホリ情報を発信しているtakumiko@kangaroodays717)です。

最近、「ワーホリがしたい」という言葉が気になります。

今回は、自身のワーホリ時代を振り返りながら、「ワーホリしたいんです」という方へ伝えたいことをしたためてみました。

ワーホリがしたい

わたしのワーホリも『ワーホリがしたい』から始まりました。

当時、18歳、浪人生だった私は「勉強」と「娘をブランド品のように扱う母親」から逃げたいという強い気持ちにヤキモキしていました。

昔から勉強が得意で、ノリで「東大に行く」と言ってしまったけれど、別に大学でやりたいことがあるわけではなく、来る日も来る日も参考書と睨めっこする同じような日々に嫌気がさしていました。

母はいわゆる教育ママで、「うちの子は東大に行くのよ!」とまだ受かってもいない娘を周りに自慢するのが好きでした。

勉強が滞ると「あんたが東大行くために投資してるんだから」と娘の背中を押すのですが、私はそれが好きではなく、遅れてきた反抗期もあって、母の存在が憎かった。

「なんとか勉強と母親から離れたい」そんな風に考えていたときに見つけたのがワーキングホリデーという制度でした。

 

早速エージェントの資料を取り寄せ、説明会に足を運びました。

留学エージェントのスタッフは、ワーホリすれば英語が話せるようになる、ワーホリすれば人生が変わる、と有らん限りの「ワーホリするといいこと」を私に説きます。

その気になった私は、エージェントから聞いた話を元に「大学に行くにしても、もっといろんな選択肢を見てから決めたい」「英語が話せれば選択肢の幅が広がるから、留学するなら早いことに越したことはない」と”建前”を並べ、母親に話を持ち出しました。

案の定、母も私の思惑に気がつき「それは勉強からの逃げだ」とか「環境を変えれば自分が変わるだなんて思ってるんだろ」現実逃避他力本願な選択だと提案を却下。

図星を突かれ、ギクリとしましたが、私もおいおいとは引き下がれません。逃げでもなんでもいいから、現状を変えたかった。

結局、娘に甘い父を味方につけ、戦いは娘の勝利におわりました。母が正論であることであることは明らかでしたが、それを素直に認めることができず、母とは結局分かり合えないまま、ワーホリを強行することに。

渡航先は、アメリカ英語で発音がキレイだから、カナダ。暖かくて過ごしやすいという理由で滞在は、バンクーバー。選んだ基準はそれだけでした。

キラキラしたワーホリ生活を思い描いて、ワーホリブログなどは読み漁りました。しかし、とりあえずの生活はホームステイと語学学校と決まっているし、何かあればエージェントのスタッフがいるしと、カナダのことはほとんど知らずに日本を飛び立ちました

 

カナダでの1年を要約すると、語学学校に通ってジャパレスで働いて、ちょっと日本語教師に挑戦してみたり、休みの日には友達と遠出したり、ご飯食べに行ったり、カフェで一人まったりと読書したり。

人に恵まれ、いろんな話を聞き世界が広がりました。英語も「話せます」と言えるくらいには上達しました。

今から思い返しても悪くない生活でしたが、起こったことのほとんどは想定内。いい意味も悪い意味でも、平凡でした

 

「海外行ったらやりたいことが見つかるはず!」みたいな妄想を描いていましたが、残念ながら明確な「やりたいこと」は見つからず。

「英語が話せるようになれば、新しい自分になれるかも」と淡い期待を抱いていましたが、ネイティブレベルに話せるならまだしも、英語をちょっとかじっている程度では特別なスキルになりません。

興味のあることや選択肢は確かに広がりましたが、選び取れるだけの努力をしないと、その努力を継続できる強い自分でないと、それはただの絵に描いた餅です。

「環境が変われば。。」とまさに現実逃避で他力本願だった私は結局、ワーホリを終えても弱い私のまま。

「誰かが誘ってくれたらな」と待ちの姿勢を貫いてしまったので、1年間ほとんどバンクーバーから出ることはありませんでした。

日本語を教えるという程でカナダ人の友達はいましたが、会話の内容は日本の事ばかり。

住むと観光にも出かけないので、カナダへの知識は観光客以下です。「カナダに住んでた」と言うの恥ずかしいくらい、カナダのことを知らずに帰国しました。(私に限らず、ワーホリには意外とこういう人が多いと思います)

 

ワーホリ終了後は、どうしたらいいかわからず、途方にくれました。しかし、大口を叩いてカナダまで行ったのに、やりたいことが見つからなかったなんて言えません。

結局、明確な目的もなく「やっぱり大学には行ったほうがのかな」と思い直し、「日本の大学はつまらないけれど、海外の大学なら面白いかも!」と、また、ふわふわした気持ちで海外の大学に進学することに。。

(のちに海外進学の夢は、風船のごとくどこかへ飛んでいき、ニュージーランドオーストラリアへと、またワーホリを使って渡り歩くことになります。)

ワーホリは手段であって、目的ではない

「ワーホリしたい」という人には、ワーホリを通して「何か得たい」「成長したい」など自分を変える何かを望んでいる人が多いと思います。

しかし、「ワーホリしたい」という、ふんわりした気持ちで始まった1年は、結局何がしたいかわからない、と着地点を見失ったまま、ふんわりと終わることが多いです。

私を含め、そういった人を何人も見てきました。

もし、「ワーキングホリデー」の名にふさわしく、ちょっと海外で働いて、ちょっと海外でゆっくりすることが目的であれば、それはそれでいいのですが。

(ニュージーランドは、まさにホリデーするのが目的だったのですが、のちに移住したいという目的ができてしまい、激しく後悔しました。。)

そうでないのならば、「ワーホリで自分は何をしたいのか」を具体的に、自分が納得いくまで、考えたほうがいい。

変わりたいのであれば、ワーホリは「こうなりたい」という自分のイメージを現実にするための「手段」であって、ワーホリすること自体は「目的」ではないはずです。

私のように『ワーホリをする』ということを目的にし、自分がどうなりたいのかわからないまま、「まあカナダに行けば、なんか変わるかな?」と自分で動くことをせず、何かが自分を変えてくれることを待っていては状況は変わりません。

本当に変えたいのならば、「なぜワーホリという選択をするのか」「なぜその国へ行くのか」、「ワーホリしたい」をもっと具体的に言語化する作業が必要です。

 

もっとも、私がこう考えられるようになったには、3カ国目のオーストラリアから。気付くまでに随分時間がかかりました。

ニュージーランド・ワーホリをきっかけに「移住するならニュージーランドがいい、向こうでビジネスしたい」と強く思いました。それからは「自分のやりたいこと」や「オーストラリアでどんな風に変わりたいか」を真剣に考えれるように。

受け身で他力本願だった私でしたが、「経営を学びたい」「もっと英語に磨きをかけたい」「現地でのコネクションを作りたい」と、外の世界に向かって積極的に動けるようになりました。

ちゃんと具体的に自分の気持ちを表せるようになってからは、雲のように消えて無くなりそうだった「私」という存在が型どられ、少しずつですが、自分に納得して、確実に前へ前へと進めるようになりました。

これは別に「目標を作れ!」とか「明確な動機がないとワーホリに行っちゃダメ!」という話ではありません。

もし「海外に行きたいなー」「ワーホリに行きたいなー」と思いつつ、日本でうじうじしているくらいなら、飛び出してしまった方が絶対にいい。自分から行動すれば、必ず何か得ることができるからです。

私が言いたいのは、あくまで自分自身ときちんと向き合っておくと、ワーホリという限られた時間が有意義に使えるということです。時間の取れる人はもちろんじっくりと、最悪、出発直前の飛行機の待ち時間だっていいのです。

考えることには、絶対に、意味があります。

 

最後に、『「ワーホリしたい」を言語化するってどうしたらいいの?』という方へ、一つ道案内をして終わりたいと思います。

「ワーホリしたい」を言語化する

ではまず、

「なぜワーホリがしたいのでしょうか?」

自分に問いかけてみましょう。

答えはぼんやりとしていても良いです。

「海外で暮らしてみたい」
「世界中に友達がほしい」
「英語が話せるようになりたい」
「海外で働いてみたい」
「酪農してみたい」
「バリスタしてみたい」

なんでも良いので出して紙に書いてみましょう。

 

次は、「なぜそれがしたいのでしょう?」と問うてみましょう。

たとえば、「英語が話せるようになりたい」と答えたとすると、「就職に役立つから」「世界中の人と会話できるから」のように続くと思います。

ではそこにまた「なぜ?」を問いかけます。

「なぜ、就活に役立つから英語を学びたいのか?やりたい仕事と英語はどのように関わっているのか?」

「なぜ、世界中の人と会話できるようになりたいのか?どこの人と会話できるようになりたいのか?通訳や翻訳機を介してではダメなのか?」

どんどん具体的に質問していきましょう。

「〇〇したい」に質問を重ねることで、自分の核となる本心を丁寧に掘り出すように、じっくりじっくり自分の「〇〇したい」を掘り下げていきます。

 

ここでのポイントは、「〇〇したい」を正当化するための理由を見つけるためではなく、あくまで純粋に自分自身を見つめるように真摯に答えていくこと

自分を深めるというのは簡単ではありません。自分で考えるよりも、目の前に並べられた選択肢から自分っぽいものを選んでしまう方がはるかに楽です。

けれど、「自分」というものは外からはやってこない。きちんと自分の中から探さないと、またいつか揺れ動いて「自分ってなんだろう?」と不安になってしまいます。

 

もし「考えても考えても、自分というのがわからない」と迷子になってしまったときは、外から刺激を受け取ってみましょう

気になる本を読んでみたり、ネットサーフィンしてみたり、自分がやりたいなと思っていることを実際にやっている人に話を聞いてみたりしましょう。どこかに考えるヒントが見つかるかもしれません。

「全くもって、どこから手をつけていいかわからない」というときは、本屋さんや交流会など、自分から手を伸ばさなくても向こうから情報が流れてくる環境に自分を投げてみるのもアリ。

私は「人に会うこと」が一番手っ取り早い刺激になると思っていますが、もし対人で会うことが難しければツイッターやインスタグラムなどのSNSから刺激を受け取ってみるのもおすすめです。

 

掘り下げていくと、「ワーホリしたい」というのがただの表面的な憧れで、実は心の奥底では全く違ったことを望んでいた、ということもあるかもしれません。

「ワーホリ」という選択をする人には、漠然と「海外」への憧れがあって、ただ「ワーホリ」という手に取りやすい選択があったから、その国を選んだだけで、やりたいことはワーホリ制度のない国にあった、なんてことも。

 

時間がかかったとしても、自分の興味を引き寄せ続けていれば、きっと具体的な「やりたいこと」が見つかります。そうすれば、もっと大きく飛躍するワーホリ生活になると思いますよ。